橋場町 (金沢市)
金沢市の町
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概要
浅野川大橋の左岸側にある事から命名された。江戸時代には屋根の片側を浅野川の川端に掛けた(掛作/懸造)露店が並んでいた事から、掛作町という通称があった。北陸街道と金沢城大手門への大通りが交差する地点にあったために高札場が設置され、金沢藩城下町の中心的な役割を果たした。1871年及び1966年に周辺の小町を合併したが、1890年の火災と金沢駅と離れていた事から大正時代以後、やや衰退した。
町名としての橋場町は、浅野川左岸中流部と国道159号の大手町交差点から、浅野川大橋までの東側に囲まれた地域である。2005年10月1日には、金沢市の旧町名復活運動により橋場町の一部の浅野川沿いの地域が、並木町(なみきまち)として復活している。
町域の変遷
| 実施後 | 実施年 | 実施前 |
|---|---|---|
| 橋場町 | 1966年(昭和41年)2月1日[4] | 材木町六丁目、材木町七丁目、玄蕃町三巡り、児玉小路の全部及び橋場町、味噌蔵町下中丁、味噌蔵町東丁、玄蕃町二番丁、並木町の各一部 |