中の山古墳
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二重の周濠を持っている。調査範囲が狭いため、現在のところ周濠の形状は確定できない。渡柳地区にある三基の古墳の中央に位置するのでこの名があり、かつて石棺の如きものが発見されたと伝えられることから別名、唐櫃山(かろうとやま)古墳と呼ばれている[2]。1981年・1987年・1990年・2010年に発掘調査を実施。
堀跡から通常の円筒埴輪ではなく、須恵器の窯で焼かれた灰色の壷(須恵質埴輪壷)が出土している。これと似たような土器は韓国(全羅南道羅州市伏岩里2号墳など)と北九州(大分県日田市の朝日天神山古墳群など)のいくつかの古墳で確認されている[3]が、関東地方では他に例が無い。なおエックス線解析した結果、約30キロ離れた寄居町の末野遺跡第3号窯で焼いたものであることが判明している。