中安信三郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 中安信三郎 中安 信三郎(なかやす しんざぶろう、1860年9月7日(万延元年7月22日[1])- 1932年(昭和7年)10月27日)は、日本の政治家。衆議院議員、大日本国粋会・第2代会長。旧姓は小林。 1860年(万延1年7月)に丹波国南桑田郡にて生まれる。和仏法律学校(現・法政大学)を卒業する。 京都市会議員・参事会員、京都府会議員などを経て、1908年(明治41年)に第10回衆議院議員総選挙に当選する(以後2期当選、立憲同志会)。 1919年(大正8年)に大日本国粋会の設立に参加し、理事長に就任し、1929年(昭和4年)に会長に就任する。 1932年(昭和7年)10月27日に死去、72歳。 著書 『西陣織物新図案』(1891) 脚注 ↑ 『第拾壱回改選 代議士銘鑑』、国華新聞社、1912年。 参考文献 『衆議院議員略歴』(衆議院事務局、1937) 『京都府会議員列伝』佐野精一著(金口木舌堂、1894) 外部リンク 早稲田大学図書館-中安信三郎書翰 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館日本 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles