1904年(明治37年)秋田市本町(現在の秋田市大町)に生まれる。日本大学卒[1]。
1927年(昭和2年)、毎日新聞社入社[2]。日米開戦前後には、海軍徴用報道班員として鹿屋海軍航空隊に随行し、戦況などを日本に伝えた[3]。この折の体験を基に実録「真珠湾奇襲」「不沈戦艦北へ」を執筆している(いずれも『大東亜戦史 1 太平洋編』所収)。
戦後、西部本社社会部長兼地方部長、横浜支局長、東京本社連絡部長、東京本社社会部長、サンデー毎日編集長を歴任した[1]。
劇作家としては、「恋は颱風の如くに」、「新しき地図」、「のっこみ鮒」などの脚本を書いている[1]。