中村勝麻呂
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1875年(明治8年)3月、滋賀県で中村平太の長男として生まれる[2]。叔父には、彦根藩儒学者の中村不能齊(中村不能斎)がおり、養子の関係から勝麻呂は不能斎の孫となる[3][4]。
1901年(明治34年)、東京帝国大学文科大学史学科を卒業し、同大学院に入り幕末外交史を専攻する[2]。
1908年(明治41年)、東京帝国大学の史料編纂掛(後の史料編纂所)に務める史料編纂官に任ぜられ[2]、1935年(昭和10年)まで勤務する[2]。
その間、1925年(大正14年)に、立教大学文学部に史学科が設置されると、辻善之助(東京帝国大学史料編纂所初代所長、実証的な日本仏教史の確立者)と藤本了泰(仏教学者、僧侶、天徳寺住職)とともに日本史の教授に就任した[5][6]。
1938年(昭和13年)から、文部省の維新史料編纂会の常任委員になり、維新史料編纂事業の方向性を決める委員の一人を務めた[1]。