中村園枝
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1886年(明治19年)4月1日、中村ていとして東京府に生まれる[1]。
1893年(明治26年)、7歳で初舞台を踏み[1]、1913年(大正2年)よりの連鎖劇を経て浅草の観音劇場に出演した[1]。
1924年(大正13年)に東亜キネマ入社、甲陽撮影所に入所し、「風船玉」(1925年[2])、「女王蜂」(1928年[3])などに出演[1]。この頃の代表作として1931年(昭和6年)「母よその名を汚す勿れ」、1932年(昭和7年)「街の標識灯」などがある[1]。
東亜キネマ解散[4]後も活動を続け、宝塚キネマを経てトーキー映画以降「女殺油地獄」などに出演した[1]。
日外アソシエーツ刊「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年)によれば、無声映画時代にはふくよかで上品な顔立ちの女優として老け役で活躍し、トーキー映画以降は地味で実直な老婆の役を好演した、と評されている[1]。