父の中村朝定が鎌倉の伊佐為家の御預人となった後、建保4年(1216年)頃に鎌倉にて朝定の嫡男として誕生。
嘉禄元年(1225年)、北条政子と大江広元が相次いで亡くなった翌、嘉禄2年(1227年)、藤原頼経の御家人となり、弟の次郎時綱も寛元2年に藤原頼経の御家人となった。朝綱は頼経の信任厚く近侍し鎌倉に居を構え、弓術にもすぐれ足利利氏に弓術の指南を施している[2]。
暦仁元年(1238年)、藤原頼経の上洛に際し、頼経の随兵として名を連ねている[3]。
仁治4年(1243年)、家督を嫡子の頼長に継がせると、下野国へ下向し、中村八幡宮の改修を行っている[2]。