中村歌昇 From Wikipedia, the free encyclopedia 揚羽蝶 蔓片喰 中村 歌昇(なかむら かしょう)は、歌舞伎役者の名跡。屋号は播磨屋、三代目は一時期萬屋。定紋は揚羽蝶、替紋は蔓片喰。 初 代 中村歌昇 三代目中村歌六の養子。1876–1909。 二代目中村種太郎 → 初代中村歌昇 → 二代目中村時蔵 二代目 中村歌昇 三代目中村時蔵の長男。1925–73。病気で舞台に立てなくなり役者を廃業、以後脚本家として名をあげる。死後8年目に四代目中村歌六を追贈。 三代目中村種太郎 → 二代目中村歌昇 → 小川貴智雄 → 贈四代目中村歌六 三代目 中村歌昇 二代目の次男。1956– 。 中村光輝 → 三代目中村歌昇(播磨屋→1971年:萬屋→2010年9月:播磨屋[1])→ 三代目中村又五郎 四代目 中村歌昇 三代目の長男。1989– 。当代。 四代目中村種太郎 → 四代目中村歌昇 中村歌昇。明治33年に東京新富座で初舞台後、翌年中村歌扇と改名し、浅草の娘芝居で人気をえた[2] 中村 歌昇(なかむら かしょう)は、新派女優の名跡。屋号は松鶴屋。 中村歌昇 娘芝居出身、1889–1942。明治から昭和初期に活躍。 中村歌昇 → 中村歌扇 [脚注の使い方] ↑ “歌六、歌昇の屋号が「播磨屋」へ ─新橋演舞場「秀山祭九月大歌舞伎」”. ニュースリリース(歌舞伎美人) (松竹株式会社). (2010年7月13日). https://www.kabuki-bito.jp/news/373 2022年2月16日閲覧。 "20歳の時(1971年)に、叔父の初代中村錦之助(1972年に萬屋錦之介と改名)らと供に萬屋に改名させていただきました。以来39年、萬屋として" by五代目歌六発言 ↑ 中村歌扇(読み)なかむらかせんコトバンク このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。 Related Articles