中村止

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中村 止(なかむら とどむ、1892年明治25年〉8月15日[1] - 1972年昭和47年〉9月1日[1])は、日本の海軍軍人政治家熊本県水俣市。最終階級は海軍中将

来歴

熊本県出身。1913年海軍機関学校卒業(22期)[2]1940年海軍少将佐世保海軍工廠航空機部長[2]1941年10月、第二十一航空廠長、12月、海軍航空技術廠飛行機部長[2]1943年9月、海軍航空本部第二部長。11月、兼第三部長、海軍中将[2]1944年6月、第二十一航空廠長[2]1945年11月、予備役となる[2]

戦後は公職追放となり[3]伊藤忠商事航空機部長[4]、極東航空常務取締役[4]、新光川航空副社長を歴任した[4]

1958年の水俣市長選挙に立候補し、現職の橋本彦七を破って当選する[5]。市長在職中は当選した年に農村公衆電話の開通、市営プールの着工、新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場の操業開始、上水道水源地の拡張工事が完成した[4]1959年には小学校の増築工事の開始、水俣消防署の開設[4]1960年には市役所新庁舎の完成、市制施行十周年の記念式典の開催、10月には国民体育大会の開催[4]1961年には上水道第二次拡張工事の着手、市営体育館の完成、市立中学校の開校が挙げられる[4]

1962年の選挙には健康上の理由で出馬しなかった。1972年、死去。

脚注

参考文献

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