中村止 From Wikipedia, the free encyclopedia 中村 止(なかむら とどむ、1892年〈明治25年〉8月15日[1] - 1972年〈昭和47年〉9月1日[1])は、日本の海軍軍人、政治家。熊本県水俣市長。最終階級は海軍中将。 熊本県出身。1913年、海軍機関学校卒業(22期)[2]。1940年、海軍少将、佐世保海軍工廠航空機部長[2]。1941年10月、第二十一航空廠長、12月、海軍航空技術廠飛行機部長[2]。1943年9月、海軍航空本部第二部長。11月、兼第三部長、海軍中将[2]。1944年6月、第二十一航空廠長[2]。1945年11月、予備役となる[2]。 戦後は公職追放となり[3]、伊藤忠商事航空機部長[4]、極東航空常務取締役[4]、新光川航空副社長を歴任した[4]。 1958年の水俣市長選挙に立候補し、現職の橋本彦七を破って当選する[5]。市長在職中は当選した年に農村公衆電話の開通、市営プールの着工、新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場の操業開始、上水道水源地の拡張工事が完成した[4]。1959年には小学校の増築工事の開始、水俣消防署の開設[4]。1960年には市役所新庁舎の完成、市制施行十周年の記念式典の開催、10月には国民体育大会の開催[4]。1961年には上水道第二次拡張工事の着手、市営体育館の完成、市立中学校の開校が挙げられる[4]。 1962年の選挙には健康上の理由で出馬しなかった。1972年、死去。 脚注 1 2 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、419頁。 1 2 3 4 5 6 『日本海軍将官辞典』280頁。 ↑ 総理庁官房監査課 編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、53頁。NDLJP:1276156。 1 2 3 4 5 6 7 『日本の歴代市長 第3巻』歴代知事編纂会、669頁。 ↑ 『熊本県人物・人材情報リスト 2021』104頁。 参考文献 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長 第3巻』歴代知事編纂会、1985年。 外山操編『陸海軍将官人事総覧 海軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 福川秀樹編『日本海軍将官辞典』芙蓉書房出版、2000年。 『熊本県人物・人材情報リスト 2021』日外アソシエーツ、2020年。 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1276156。 表話編歴 熊本県水俣市長 中西孝磨1949.4.1-1950.2.21 橋本彦七1950.2.22-1958.2.21 中村止1958.2.22-1962.2.21 橋本彦七1962.2.22-1970.2.21 浮池正基1970.2.22-1986.2.21 岡田稔久1986.2.22-1994.2.21 吉井正澄1994.2.22-2002.2.21 江口隆一2002.2.22-2006.2.21 宮本勝彬2006.2.22-2014.2.21 西田弘志2014.2.22-2018.2.21 高岡利治2018.2.22- カテゴリ Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks