中村水竹 From Wikipedia, the free encyclopedia 中村 水竹(なかむら すいちく、男性、文化3年(1806年) - 明治5年1月6日(1872年2月14日))は、江戸時代末期の日本の篆刻家である。 幼名を名霄もしくは天祥、名は元祥、字は爾祥・夢竜、号は水竹の他に酔茗軒。通称は主馬もしくは播磨介。京都の人。 京都西洞院一条下ル中立売北に住み、代々近衛家に仕えている。篆刻は三雲仙嘯に学んだ。書・画に巧みであった。慶応3年(1867年)に幕命によって御璽・国璽を刻している。ほかに有栖川宮熾仁親王の印も刻した。自印の印譜『水竹丹篆』がある。 出典 三村竹清「二三の篆刻家の話」『三村竹清集5』青裳堂<日本書誌学体系23> 中田勇次郎『日本の篆刻』 、二玄社、1966年 中井敬所『日本印人伝』 関連項目 日本の篆刻史 日本の篆刻家一覧 Related Articles