中村 浩(なかむら ひろし、1920年7月15日 - 1985年8月23日[1])は、日本の国文学者、歌人。
大阪市生まれ。本名・米島勉。父は書道家で大阪朝日新聞にも勤務した中村眉山(本名は平三)[2]。父親が阪田の書の代筆をしていた関係で、晩年の阪田三吉と交流があり、のちにその思い出をもとに阪田の27回忌(1972年)に、それを記念した『実録王将伝』を執筆、のちに『棋神・阪田三吉』として刊行した。
國學院大學文学部国文学科卒。折口信夫、金田一京助に師事。戦後、関西大学、薫英学園で教職につき、その後、大阪府議会事務局、四天王寺女子大学、羽衣学園短期大学、辻調理師学校に勤務[3]。