中村豪 (野球)
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選手としての現役時代は名古屋電気高校、愛知学院大学、電電東海(のちのNTT東海)で投手および一塁手として活躍した[1]。
1978年に名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)の硬式野球部監督に就任。名監督として知られ、20年間で計5回の甲子園大会出場に導き、工藤公康、山﨑武司、イチローら、総勢10名以上のプロ野球選手を世に送り出している[1]。工藤を擁した1981年夏の大会では4強入りを果たす。1997年をもって監督を勇退し、部長、総監督を務めた[1]。
2002年4月から豊田大谷高校監督に就任[1]。2007年秋の愛知県大会で同校初の優勝を飾り、その大会をもって11月に定年退職した。2006年、日本高校野球連盟の育成功労賞を受賞[2]。
定年退職後は幡豆郡吉良町(現・西尾市)に移り住んで趣味の絵画などをしながら生活を送り、地元の子供にボランティアで週1回野球を指導している。また、町長の依頼により、地元の高校である吉良高校野球部のアドバイザーも務めている。
人物
甲子園での成績
著書
- イチローに教えたこと、教えられたこと―高校時代の恩師が語るイチローの原石時代(1996年、日本文芸社、ISBN 978-4537025088)