中村駒之助 From Wikipedia, the free encyclopedia 中村 駒之助(なかむら こまのすけ)は、歌舞伎役者の名跡。初代と二代目の屋号は不明。三代目以降の屋号は左海屋ないし堺屋。 初代 中村駒之助 二代目中村東蔵の子。三代目中村歌右衛門の養子。1810年(文化7年)-1847年(弘化4年) 中村西蔵(中村才蔵) → 中村駒之助 → 二代目中村鶴助 → 三代目中村芝翫 二代目 中村駒之助 未詳。天保年間の役者名鑑の京大坂の項に名が見える[1]。 三代目 中村駒之助 初代中村玉七の門弟。1840年(天保11年) - 1869年(明治2年)。 三代目中村駒之助(堺屋) → 嵐璃珏[注 1] → 中村梅丈 → <再>中村駒之助(左海屋) 四代目 中村駒之助 本名岡本駒之助。はじめ四代目市川蝦十郎に入門、のち二代目中村芝雀(雀右衛門)の門弟。屋号は左海屋/堺屋/境屋の表記のほか、なんば屋とも伝うる。 1848年(嘉永元年) - 1900年(明治33年)。 市川玉之助 → 中村芝之助 → 四代目中村駒之助 五代目 中村駒之助 四代目の門弟。本名、「奥田栄三郎(栄次郎)」。屋号は左海屋。1865年(元治2年) - (没年未詳) 初代中村新駒 → 五代目中村駒之助 六代目(称七代目) 中村駒之助 二代目中村梅玉、ついで三代目中村梅玉の門弟。中村駒之助としては6代目だが、本人は7代目を名乗った。また、嵐三右衛門としても11代目だが10代目を称した。屋号は左海屋。1906年(明治39年) - 1980年(昭和55年)。 中村福万寿 → (自称)七代目中村駒之助 → (称)十代目嵐三右衛門 注釈 [脚注の使い方] ↑ 嵐璃珏代々には数えず。 出典 ↑ 国立劇場調査記録課 2020, p. 231. 参考文献 国立劇場調査記録課『歌舞伎俳優名跡便覧[第五次修訂版』日本芸術文化振興会、2020年3月31日(原著1968年3月20日)。 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。 Related Articles