室町幕府第3代将軍・足利義満から一字を賜り満秀と名乗る。『後鑑』に義満の供奉として康暦元年/天授5年(1379年)7月25日に登場するのが最初で、以降明徳3年/元中9年(1392年)8月28日まで幕府出仕の記録が見られる。既に家督を譲られていたと思われるが、応永19年(1412年)10月16日、父に先立って没する。生誕年不詳のため享年も不明。
息子たちはまだ幼少であったらしく、彼の死後、弟の満平が中条家の家督を継ぎ惣領となった。その息子たちとは、中条左衛門少尉(実名不詳)と、第4代将軍・足利義持から1字を受けた持保(もちやす)、持平(もちひら)、持家(もちいえ)とされている。