中津大神宮
大分県中津市にある神社
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祭神
歴史
明治維新期の中津城

文久3年(1863年)8月、中津城本丸南側に松の御殿が建てられ、中津藩江戸藩邸から戻った姫君らが居住した[3]。1871年(明治4年)7月の廃藩置県後、松の御殿は小倉県中津市庁舎や大分県中津支庁舎として使用された[3]。
1877年(明治10年)1月29日に西南戦争が勃発すると、同年3月31日には西郷軍(薩摩郡)に呼応した旧中津藩士の不平士族が中津隊として隆起し[4]、中津隊は松の御殿を襲撃して焼失させた[3]。
中津大神宮と中津神社の創建

1881年(明治14年)には中津城址に神宮豊前教会が創建され、1883年(明治16年)3月には松の御殿跡地に中津神社が創建された。
神宮豊前教会は伊勢神宮の分霊を奉迎鎮祭した神社であり、創建当初は豊前地域(企救郡・田川郡・京都郡・仲津郡・築城郡・上毛郡・下毛郡・宇佐郡)の参詣者に伊勢神宮の神宮大麻(神札)と神宮暦を頒布していた[1]。その後、神宮教や神宮奉斎会という名称だった時期を経て、戦後の1946年(昭和21年)に中津大神宮に改称された[1]。
中津神社は新魚町の六所神社、片端町の丸山神社(義氏社)、御小屋の稲荷神社、諸町の蛭子神社、八幡大江神社の分霊を合祀した神社である[2]。


