中臣伊加麻呂

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生誕 不明
死没 不明
別名 伊賀麻呂
 
中臣伊加麻呂
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 不明
別名 伊賀麻呂
官位 従五位下礼部少輔
主君 淳仁天皇
氏族 中臣氏
父母 父:中臣名代
兄弟 伊賀麻呂、鳥長、鷹養、鷹主、松成、
竹成、田給、辛多太
真助、小助、助継
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中臣 伊加麻呂(なかとみ の いかまろ)は、奈良時代貴族神祇伯中臣名代の子。名は伊賀麻呂とも記される。官位従五位下礼部少輔

天平宝字6年(762年従五位下礼部少輔に叙任される。翌天平宝字7年(763年)子の真助および造東大寺判官葛井根道と3人で飲酒し、忌諱すべき内容(孝謙上皇道鏡との関係か)に話が及んだとして通報され、伊加麻呂は大隅守に左遷され、真助は土佐国、根道は隠岐国へそれぞれ流罪となった。

官歴

系譜

参考文献

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