葛井根道 From Wikipedia, the free encyclopedia 葛井 根道(ふじい の ねみち、生没年不詳)は、奈良時代の官人。姓は連。官位は外従五位下・伊豆守。 孝謙朝から淳仁朝にかけて造東大寺主典・判官を務める。天平宝字7年(763年)礼部少輔・中臣伊加麻呂とその子息の真助と3人で飲酒し、忌諱すべき内容(孝謙上皇と道鏡との関係か)に話が及んだとして通報され、伊加麻呂は大隅守に左遷され、真助は土佐国、根道は隠岐国へそれぞれ流罪となった。 その後罪を赦されたらしく、光仁朝末の宝亀10年(779年)外従五位下に叙せられ、翌宝亀11年(780年)伊豆守に任ぜられている。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 天平勝宝元年(749年) 12月19日:見造東大寺主典[1] 天平勝宝2年(750年) 5月20日:見造東大寺主典従七位上[2] 天平勝宝7歳(755年) 5月27日:見造東大寺主典正七位上[3] 天平宝字元年(757年) 8月19日:見造東大寺主典正六位上[4] 天平宝字5年(761年) 12月23日:見造東大寺判官[5] 天平宝字7年(763年) 12月29日:流罪(隠岐) 宝亀10年(779年) 正月23日:外従五位下 宝亀11年(780年) 3月17日:伊豆守 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『大日本古文書(編年文書)』3巻345頁 ↑ 『大日本古文書(編年文書)』11巻253頁 ↑ 『大日本古文書(編年文書)』13巻144頁 ↑ 『大日本古文書(編年文書)』13巻380頁 ↑ 『大日本古文書(編年文書)』4巻526頁 参考文献 宇治谷孟『続日本紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年 Related Articles