中西亮
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印刷会社の経営者としては活版印刷の近代化に尽力し、モノタイプを電子的に駆動したワープロ入力活字出力システムを考案した。ただし、活版はその後DTPや平版印刷に駆逐されてしまったため、その試みは成功しなかった。
印刷会社の経営者という立場から文字の研究にのめりこみ、世界中をまわって文字資料の収集に努めた。そのコレクションは国立民族学博物館初代館長梅棹忠夫に高く評価され、死後、国立民族学博物館に寄贈された。また、著書『世界の文字』[3]の英訳書 Writing systems of the world: alphabets, syllabaries, pictograms[4] は、ユニコードの制定に当たって文字の出所として使用された[5]。
文字収集以外にもアマチュアアクアリストとしても著名で、特にさんごなどの無脊椎動物を閉鎖水槽内で飼育する研究で知られる。また、京都では年末恒例の素人歌舞伎にも出演するなど、いわゆる京都の旦那衆を地でいく存在だった。
