中院通守

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時代 室町時代前期
生誕 天授3年/永和3年(1377年
別名 三条坊門権大納言
 
中院通守
時代 室町時代前期
生誕 天授3年/永和3年(1377年
死没 応永25年2月10日1418年3月17日
別名 三条坊門権大納言
官位 正二位権大納言
主君 後小松天皇称光天皇
氏族 村上源氏中院家
父母 父:中院通氏、母:万里小路仲房の娘
通淳、守鑁
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中院 通守(なかのいん みちもり)は、室町時代前期の公卿権大納言中院通氏の子。別名・三条坊門権大納言。官位正二位・権大納言。

応永6年(1399年)に参議右近衛中将に任ぜられる。応永9年(1402年)に従三位に叙される。応永11年(1404年)に権中納言に任ぜられる。応永13年(1406年)に正三位に叙される。応永17年(1410年1月従二位に叙され、10月に権中納言を辞して同月中に還任する。

応永21年(1414年3月に権中納言を辞するが、12月に権大納言に任じられる。応永22年(1415年)権大納言を辞任。応永23年(1416年)に正二位に叙される。応永24年(1417年)に権大納言に還任するが、翌応永25年(1418年)2月10日に自邸の持仏堂にて自らの首を小刀で掻き切って自殺した(『看聞日記』応永25年3月8日条)。

通守の自殺

系譜

参考文献

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