丸山孝彦
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中学卒業後、元横綱・双葉山が率いる時津風部屋に入門し、1962年5月場所にて15歳で初土俵を踏んだ。同期の初土俵組には、後の前頭・朝岡らがいる。序ノ口当初より、本名でもある「丸山」の四股名で相撲を取った[1]。
その後、1968年3月より「純光(よしみつ)」に改名したが、1年ほどで元の「丸山」の名に戻している。同年以来幕下上位に定着し、1970年7月場所では、同部屋の後輩である長浜(後の小結・豊山)と幕下優勝を争った(決定戦で敗れ、惜しくも優勝は逸している)。翌場所十両に昇進したが、4場所で幕下に陥落。その後は幕下22枚目まで下がった事もあったが、1972年9月場所で十両へと復帰した。
以降は幕下へ落ちる事もなく、1973年5月場所で新入幕。だが、前場所終盤で負傷した右膝の状態が思わしくなく、晴れの新入幕場所を全休する事態に陥った。幕内での公傷制度適用第1号となった[1]ため十両落ちは免れたが、幕内2場所目の7月場所では4勝11敗と大敗した。
その後は幕下30枚目まで番付を下げながらも徐々に盛り返し、1976年1月場所で再入幕を果たした。しかし、和錦との対戦で左足と肋骨を痛め、14日目より休場。結局、膝の古傷とこの怪我で力士生命を縮める事となってしまった[1]。
主な戦績
- 現役在位:85場所
- 通算成績:401勝368敗26休 勝率.521
- 幕内在位:3場所
- 幕内成績:8勝20敗17休 勝率.286
- 各段優勝
- 十両優勝:1回(1973年1月場所)[1]
- 幕下優勝:1回(1974年7月場所)
幕内対戦成績
改名歴
- 丸山(1962年9月場所-1968年1月場所、1969年3月場所-1976年9月場所)
- 純光(1968年3月場所-1969年1月場所)