丸山芳良 From Wikipedia, the free encyclopedia 丸山 芳良(まるやま よしまさ、 1884年(明治17年)5月5日 - 1932年(昭和7年)3月23日)は、日本の歌人。 栃木県足利市通六丁目出身[1][2]。足利の小学校高等科を経て[2]、中学校時代に石川角次郎から洗礼を受け[3][4]、1902年商工中学校(現日本大学第三高等学校)卒業。同年東京高等商業学校(現一橋大学)に進学するも[5]、病気と実家の倒産のため2年で中退した[2][6]。 中退後は日清製粉横浜工場主任や[7][5]、日本統治時代の台湾の台北市の会社への勤務[2][1]、名古屋市の製陶会社・旭陶器主事なども務めた[3][4]。この間、1914年から窪田空穂に師事し、歌誌『国民文学』に参加[1]。 1920年に喘息のため足利に帰郷し、1921年に足利印刷社を設立し、同社無限責任社員となった[8]。また、短歌講座を開き、足利の文芸誌に歌を発表するなどもしていたが[2]、1932年に49歳で死去し、足利印刷社も解散した[9]。墓所は長林寺で、同寺に歌碑も建つ[2]。 歌集 『丹灰集 : 歌集』地上社 1932年 『丸山芳良歌集』地上社 1965年 脚注 1 2 3 「丸山 芳良」『日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」』。https://kotobank.jp/word/%E4%B8%B8%E5%B1%B1%20%E8%8A%B3%E8%89%AF。コトバンクより2024年4月16日閲覧。 1 2 3 4 5 6 丸山芳良(まるやまよしまさ)(1884~1932) 足利市立教育研究所 1 2 空穂随筆 1 2 基督教短歌鑑賞 図書 松本宗吉 著 教文館, 昭和17 1 2 昭和日本歌選 図書 松本昌夫 編著 三土社書房, 昭和3 ↑ 近代足利市史 第2巻 (通史編 近代3~現代) 図書 足利市史編さん委員会 編 足利市, 1978.1 ↑ 帝国銀行会社要録 : 附・職員録 大正3年(第3版) ↑ 官報 1921年06月25日 ↑ 官報 1932年07月01日 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館日本 Related Articles