丸木利陽 1854-1923, 写真家(写真師)。 From Wikipedia, the free encyclopedia 丸木 利陽(まるき りよう、嘉永7年4月14日〈1854年5月10日〉 - 1923年〈大正12年〉1月21日[1])は、日本の写真家(写真師)。 丸木利陽 略歴 丸木利陽写真館で撮影された日本の子供。フレーム下部に「写真師丸木利陽/東京芝新し橋角」の文字と英文ロゴが見える 福井城下の生まれ。 明治維新後、丸木利平の養子となる。 1875年(明治8年)、東京に出て二見朝陽のもとで写真を習う。 1880年(明治13年)に写真館を独立開業。 1888年(明治21年)、小川一真とともに明治天皇、昭憲皇太后を写真撮影し、のちに2万枚以上を焼き付けたとされる。 「丸木式採光法」を発明し、1890年(明治23年)の第3回内国勧業博覧会、1909年(明治42年)の日英博覧会にも出品した。 小川一真、黒田清輝とともに帝室技芸員として大正天皇も撮影。 東京写真業組合の組合長も務めた。 豪壮な丸木写真館 はじめ相馬邸内に開業。1889年(明治22年)、議事堂建設にともない新シ橋外に移転。新築した。 作品 金子堅太郎(1905年頃) 黒木為楨(1907年頃) 弟子 丸木に師事した人物に前川謙三(東京美術学校講師)や伊東末太郎(日本写真文化協会会長)がいる[2]。 脚注 [1]『丸木 利陽』 - コトバンク [2]“丸木利陽”. 福井県. 2024年8月22日閲覧。 関連項目 写真家一覧 外部リンク 『幕末・明治の写真師』総覧この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。表示編集 Related Articles