丸田泰裕
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| 胎内ディアーズ オフェンスコーチ | |||||||||||
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| ポジション | ランニングバック | ||||||||||
| 生年月日 | 1984年11月6日(40歳) | ||||||||||
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| 出身地 | 東京都 | ||||||||||
| 経歴 | |||||||||||
| 高校 | 明治学院東村山高等学校 | ||||||||||
| 大学 | 法政大学 | ||||||||||
| 初出場年 | 2007年 | ||||||||||
| 初出場チーム | 鹿島ディアーズ | ||||||||||
| 所属歴 | |||||||||||
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丸田 泰裕(まるた やすひろ 1984年11月6日 - )は、東京都出身の元アメリカンフットボール選手・コーチ。現在Xリーグの胎内ディアーズに所属し、オフェンスコーチを担当している。現役時代のポジションはランニングバック。
明治学院東村山高等学校時代からアメリカンフットボールを始めた。法政大学トマホークスでは3年次に1試合平均263ヤード、22.3キャリーで関東リーグ歴代2位の1,178ヤードを走った[1]。2003年から2006年まで4年連続甲子園ボウルに出場し3年次と4年次と2年連続勝利し、2回ともチャック・ミルズ杯を獲得[2][3]、ライスボウルへ進出したがいずれも敗れて日本一はならなかった。2007年、鹿島ディアーズに加入した[4]。デビュー戦となった東京ガスクリエイターズとの試合では3TDをあげた[5]。倉持和博、村井雄太、井澤健ら強力なオフェンスラインに支えられ、佐藤昭一郎らと共に活躍した[6]。
2009年シーズン、ライスボウルを制し念願の日本一となった。チームが鹿島ディアーズからリクシルディアーズへと変わった後も、2014年までディアーズで主将を務めた。2016年シーズンをもって引退した[7]。
アメリカンフットボール日本代表にも選ばれており、2011年アジア選手権、アメリカンフットボール世界選手権に出場している[8]。フランス代表戦では2TDをあげて35-10と勝利した[9]。カナダ代表に27-31で敗れた試合では日本代表のゲームMVPに選ばれている[10]。