久世綏之 From Wikipedia, the free encyclopedia 久世 綏之(くぜ やすゆき)は、江戸時代中期から後期にかけての下総国関宿藩の世嗣。官位は従五位下出雲守。 時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和8年9月5日(1771年10月12日)死没 天保10年5月29日(1839年7月9日)改名 雄之助(幼名)、綏之概要 凡例久世綏之, 時代 ... 凡例久世綏之時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和8年9月5日(1771年10月12日)死没 天保10年5月29日(1839年7月9日)改名 雄之助(幼名)、綏之官位 従五位下出雲守幕府 江戸幕府藩 下総関宿藩世嗣氏族 久世氏父母 父:久世広誉兄弟 綏之、土井利器、秋田長季正室、安藤信馨正室、伊保子ら妻 正室:西尾忠移の娘子 広運、大友義路テンプレートを表示閉じる 略歴 久世広誉の長男として誕生。幼名は雄之助。生年は安永2年(1773年)とも。正室は西尾忠移の娘。 寛政3年(1791年)6月1日、第11代将軍・徳川家斉に初御目見する。12月16日、従五位下、出雲守に叙任する。しかし、文化10年(1813年)に病弱を理由に廃嫡された。 代わって、子・広運が文化14年(1817年)に隠居した広誉の跡を継いだ。綏之は広運の末期養子となった広周の時代に死去した。 Related Articles