久保勉
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1883年、愛媛県伊予市で生まれた。松山中学校を卒業後[1]、1901年に海軍兵学校へ進んだ。日露戦争終結後に退役し、東京帝国大学哲学科選科に入学した。大学ではラファエル・ケーベルの教えを受け、その後助手を務めた[2]。1912年、東京帝国大学を卒業。同大学大学院に進んだ。
1925年よりドイツに留学し、ハイデルベルク大学やベルリン大学に滞在して研究を行った。1928年に帰国し、翌1929年、東北帝国大学法文学部助教授となった[3]。大学では阿部次郎と同僚であり、『ソクラテスの弁明・クリトン』などの刊行を共に進めていった。1940年に教授昇進。1946年に東北帝国大学を定年退職し、その後は東洋大学教授として教鞭をとった。1953年、学位論文『プラトンの僭王政治論』を東北大学に提出して文学博士号を取得[4]。1954年に東洋大学を定年退職し、名誉教授となった。