久保紀子
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熊本県で生を受け、物心がつく前に父の故郷である鹿児島県で暮らした。小・中学校ではバレーボール、バスケットボールのレギュラー部員であった。鹿児島県立鹿児島南高等学校に入学してフェンシングを始め、1年生のうちに頭角を見せて活躍した。
高校2年の時にインターハイで団体4位となり[3]東京女子体育大学に進学した。福岡ユニバーシアードでは個人は32位[4]、団体で11位となり[5]、その勢いで世界大会に出場して渾身に弧を描く剣裁きで、中国戦に勝利をおさめた。日本初の女子選手として、1996年アトランタオリンピックに出場[1]sエペ個人で40位、新井祐子、田中奈々絵との団体で11位となった[2]。新井選手、田中選手と一緒にフェンシング3人娘と呼ばれ活発でリーダー的存在であった[6]。