昭和期にこの地に出店していた店はすべて、短期間のうちに閉店の憂き目に遭っている(西友彦根店→大安家具彦根店)。その後事務所に転用されたこともあるが、なぜかすぐに閉鎖してしまっている。諸説あるが、近藤久左衛門の没落の因縁が関係しているとの説が有力である[要出典]。なお、久左の辻交差点前の左右両方の廃ビル(右側にあったイセヤビルは現在は存在せず跡地は駐車場。)は商店街の行事や滋賀県立大学の学生グループACTが「まちと学生の交流の場」として使用したこともある。隣接する花しょうぶ通り商店街やリバーサイド橋本通りがリニューアル再生しており、彦根銀座商店街の入口にも当たるために再開発が検討されている。