久米子虫 From Wikipedia, the free encyclopedia 久米 子虫(くめ の こむし、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。姓は朝臣。官位は従五位下・伊賀守。勲位は勲十二等。 天平宝字8年(764年)藤原仲麻呂の乱終結後の叙位にて従五位下に叙爵し、まもなく伊賀守に任じられる。天平神護2年(766年)12月5日付の東大寺伊賀国玉滝杣券に、従五位下行守勲十二等として子虫の署名がある[1]。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 時期不詳:正六位上 天平宝字8年(764年) 10月7日:従五位下。10月24日:伊賀守 天平神護2年(766年) 12月5日:見勲十二等[1] 脚注 [脚注の使い方] 1 2 東大寺「東南院文書」2巻,101頁 参考文献 『続日本紀 3 (新日本古典文学大系14)』岩波書店、1992年 『続日本紀 4 (新日本古典文学大系15)』岩波書店、1995年 宇治谷孟『続日本紀 (中)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 Related Articles