久米攻
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美術学校在学中、フジテレビで美術のアルバイトを務めているときに大平二郎の誘いを受け[5]、1966年に大平特殊効果へ入社[1][3]。渡辺忠昭を補佐、2000年の渡辺の定年退職後、特撮映画の特殊効果(火薬類取り扱い)第一人者となる。
火薬の特殊効果について、配合率などは変化していっているが、技術については平成になっても昭和から進歩していないと述べている[1]。むしろ火薬の規制強化によって原料の質が落ちており、平成でも昭和と同じレベルを維持することが難しかったと述べている[1][2]。
特撮監督の樋口真嗣は、学生時代に手伝いで参加していた『零戦燃ゆ』の頃に、飲み会で酔いつぶれ久米の車で嘔吐してしまい、詫びとして特殊効果部で1ヶ月タダ働きすることになったという[6]。