鹿児島城下御着屋筋(現鹿児島市東千石町)[4]で、キグスリ屋(薬屋)・久米田喜兵衛の長男として生まれる[4][5]。1898年(明治31年)以降、鹿児島市米穀商同業組合評議員、鹿児島商工会連合会会長、鹿児島県米穀、肥料、木炭各同業組合長、鹿児島郵船、大隅鉄道各社長、鹿児島湾内汽船、日東汽船などの重役を歴任した[5]。1928年(昭和3年)鹿児島商工会議所会頭に就任した。鹿児島港の開港にも関与した。また、鹿児島貿易協会を設立し、台湾、朝鮮、満州国への航路の開拓に取り組んだ[4]。
1932年(昭和7年)鹿児島県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[6]から1939年(昭和14年)9月28日まで在任した。