久芳直介 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1862年11月14日国籍 日本出身校 大阪・英和学舎(現在の立教大学)職業 官吏、官僚くば なおすけ 久芳直介生誕 1862年11月14日国籍 日本出身校 大阪・英和学舎(現在の立教大学)職業 官吏、官僚時代 明治時代配偶者 蝶子子供 享介(長男) 昌(3男) 貞子(長女) 久子(次女)テンプレートを表示 久芳 直介(くば なおすけ、1862年11月14日(文久2年9月23日)[1] - 没年不詳)は、明治時代の日本の官吏、官僚。台湾総督府税務官、台湾土地調査局事務官兼監督官、朝鮮総督府事務官・総務局人事課長、埼玉県司税官を務めた[2][3][4]。 長門国厚狭郡二俣瀬村(現在の山口県宇部市)で生まれる[2]。 大阪・英和学舎(現在の立教大学)を卒業した[5]。 1886年、大蔵省御用掛に任命され、埼玉県収税属、埼玉県大蔵属を経て、1898年、埼玉県司税官に任命される[2]。 1902年、台湾土地調査局事務官兼監督官に就任したのち[2][6]、台湾総督府税務官を務める[3]。 1904年、日韓協約が成立するとすぐに目賀田種太郎財政顧問補佐として韓国政府に招聘される[2]。 1910年10月、朝鮮総督府に転勤し、事務官に任命される[2]。 1914年、朝鮮総督府総務局人事課長を務める[7][2]。 家族 蝶子(妻) 享介(長男) 昌(3男) 貞子(長女) 久子(次女) 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『人事興信録 5版』人事興信所、1918年、く4頁。 1 2 3 4 5 6 7 韓国近代史料DB 『久芳直介』 近現代人物資料 1 2 「台湾総督府税務官久芳直介韓国政府ノ聘用ニ応シ俸給ヲ受クルノ件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A04010088000、公文雑纂・明治三十八年・第十三巻・内務省一・内務省一(国立公文書館) ↑ 国立台湾歴史博物館 『四十二年三月高等官昇等昇級調』 ↑ 立教史データベース 『雑録/旧英和学舎を憶ふ 元田作之進』 基督教週報第8巻第15号,1903年12月11日 ↑ 国立台湾歴史博物館 『事務官兼監督官久芳直介滯京命セラル』 ↑ 国立公文書館 アジア歴史史料センター 『朝鮮総督官房人事課 歴代長官部局長等』 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles