乙亥学社
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概要・歴史
1873年(明治6年)9月25日、英国聖公会福音宣布協会(SPG)最初の日本宣教師としてアレクサンダー・クロフト・ショーと共に来日したウィリアム・ライトは、東京・四谷で講義所(伝道所)を開設するとともに、霊南坂の陽泉寺で米英人会衆のために英語礼拝を開始した。1874年(明治7年)12月、ライトは自身の日本語教師であった島田弟丸に授洗した[1][2]。
1875年(明治8年)6月14日、ライトは後に麹町区となる第三大区三小区中六番町40番地に講義所(伝道所)を開設。これに併設する形で、島田弟丸とともに英語と洋算の私塾である英語学校『乙亥学社』を開業し、初代校長には島田が任命された[1][2]。
教則には、綴字、単語、習字、会話、書取、語字、読本、地理書、文典、歴史、窮理書、修身書、経済書の13科目があげられていた[2]。
1877年(明治10年)9月には、四谷箪笥町22番地(現・新宿区四谷三栄町)にあった若山儀一の持家を借りて、乙亥学社の分校を開学した[2]。
1877年(明治10年)から1878年(明治11年)の「東京府下居住各国人明細表」によると、ライトは乙亥学社で英語科を担当しており、妻のエマ(Emma)も同塾で教えていたことが判明している[2]。