11代藩主九鬼隆徳の長男として誕生。
嘉永7年(1854年)1月20日、父の隠居で跡を継いだ。安政6年(1859年)8月19日に36歳で死去したが、男子がなく、娘3人も2人が既に夭折、2歳の娘1人が残るのみであったため、御家断絶の危機にさらされた。精隆の死を隠匿して綾部藩より迎えた隆義を婿養子に決め、9月18日に幕府に急養子の届けを出して許可を得た(末期養子)。そのような事情のため、精隆の死が発表されたのは9月23日であった。
九鬼精隆の墓(兵庫県三田市心月院)
九鬼氏 三田藩12代藩主 (1854年 - 1859年) |
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| 山崎家 | |
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| 有馬家 | |
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1602年から丹波福知山藩に併合され、一旦廃藩。1626年に復活。
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| 能見松平家 | |
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| 九鬼家 | |
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