青森県弘前市出身。1906年(明治39年)3月、青森県立弘前中学校(現・青森県立弘前高等学校)を卒業後、南津軽郡注目小学校の教員となる。1912年(明治45年)6月、官界に転じ、青森県属となり、ついで福島県書記、栃木県属、栃木県警部、秘書課長、地方事務官学務部教育課長、知事官房主事を経て、1929年(昭和4年)7月に休職。
1931年(昭和6年)9月に弘前市助役に就任。翌年1月に辞任後、宇都宮市主事、社会課長、職業紹介所長、水道課長などを経て、1936年(昭和11年)2月に再度弘前市助役に就任した。さらに2年後の1938年(昭和13年)3月24日、弘前市長に就任した。1期で退任後、1957年(昭和32年)から2年間、市常勤監査委員を務めた。