二上村 (富山県)
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| ふたがみむら 二上村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1933年8月1日 |
| 廃止理由 |
編入合併 二上村 → 高岡市 |
| 現在の自治体 | 高岡市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方(北陸地方) |
| 都道府県 | 富山県 |
| 郡 | 射水郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
3,068人 (1933年) |
| 隣接自治体 | 守山村、高岡市 |
| 二上村役場 | |
| 所在地 | 富山県射水郡二上村大字渡り[1] |
| 座標 | 北緯36度46分08秒 東経137度00分40秒 / 北緯36.76889度 東経137.01125度座標: 北緯36度46分08秒 東経137度00分40秒 / 北緯36.76889度 東経137.01125度 |
| ウィキプロジェクト | |
二上村(ふたがみむら)は、かつて富山県射水郡にあった村。現在の高岡市二上地区にあたり、北半分は二上丘陵が占め、南半分には富山大学高岡キャンパス、富山県高岡総合プール、高岡市立万葉小学校などがある。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、射水郡二上村、下八ケ新村、守護町村、南八ケ新村、守護町新村、渡り村、二上新村の区域及び鷲北新村の区域の一部の区域をもって、射水郡二上村が発足する。初代村長は武内與太郎とされている[2]。
- 1917年(大正6年)5月15日 - 射水郡掛開発村の区域の内、城光寺(小矢部川の中心より北)の区域を編入する。
- 1925年(大正14年) - 高岡市の都市計画区域に指定される[1]。
- 1932年(昭和7年)5月26日 - 射水郡守山村の失火による大火で類焼、90戸を焼失[1][3]。
- 1933年(昭和8年)8月1日 - 高岡市に編入する[4]。
合併直前時点(1933年)での戸数は453、人口は3,068人であった[1]。
歴代村長
出典→[5]
- 武内与兵衛(1899年 - 1891年)
- 細野藤平(1891年 - 1896年)
- 川崎善太郎(1897年 - 1916年)
- 細野藤平(1917年 - 1919年)
- 川崎喜太郎(1919年 - 1923年)
- 門野豊吉(1923年 - 1928年)
- 武内与兵衛(1928年 - 1932年)
- 山本克太郎(1932年 - 1933年7月31日)