二本松神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯37度35分33.0秒 東経140度26分04.6秒 / 北緯37.592500度 東経140.434611度座標: 北緯37度35分33.0秒 東経140度26分04.6秒 / 北緯37.592500度 東経140.434611度
社格等
県社
| 二本松神社 | |
|---|---|
|
| |
| 所在地 | 福島県二本松市本町1丁目61 |
| 位置 | 北緯37度35分33.0秒 東経140度26分04.6秒 / 北緯37.592500度 東経140.434611度座標: 北緯37度35分33.0秒 東経140度26分04.6秒 / 北緯37.592500度 東経140.434611度 |
| 主祭神 |
伊邪那美命 速玉男之命 事解男之命 品陀和気命 息長足姫命 |
| 社格等 | 県社 |
| 創建 | 久安年間 (1145〜51年) |
| 例祭 | 10月4日・5日・6日 |
| 地図 | |
旧二本松藩の総鎮守として信仰され、熊野宮と八幡宮が合祀されていることから『御両社』とも呼ばれた。
社伝によれば、創建は久安年間とされ二本松に地頭として入った安達盛長が塩沢田地ヶ岡に居を構えた際に熊野権現を「熊野宮」として祀ったことに始まる。その後、奥州探題だった畠山満泰が田地ヶ岡から白旗ヶ峰に居を移し、二本松城と称した。この際、「熊野宮」も城内に遷座、畠山氏の氏神である八幡大神を祀る「八幡宮」と合祀された。
寛永20年 (1643年)、二本松藩の藩主として入った丹羽光重は扶持米80石と社領25石を寄進。祭神の霊夢を見て社領50石をさらに寄進し現在地に遷座させ、二本松藩の総鎮守として領民が誰でも参拝できるよう解放した。 光重はこの時、歴代城主の守護神であった八幡宮を下座である左側に、領民の守護神であった熊野宮を上座である右側に祀った。
寛政6年 (1794年)に火災によって社殿が消失し、文化3年 (1806年)に現在の社殿が再建された。参道の随神門は翌年の文化4年(1807年)に建てられたもの。
