五十嵐九十九 From Wikipedia, the free encyclopedia 五十嵐 九十九(いがらし つくも、1933年 - 2015年[1])は東京都出身のファッションデザイナー。 第二次世界大戦後、15歳の時にテーラーの佐藤政教の弟子となり、5年間修業後、21歳の若さで独立。「マロニエ洋装店」を開業。1960年にフランスへ船で渡航。その間日本料理店「レストラントウキョウ」で皿洗いで稼いだ[2]。 父がオーケストラのバイオリニストで、大叔父が幸徳秋水ら立ち上げた「平民社」のメンバー石川三四郎[3]。太平洋戦争中は埼玉県本庄市に疎開[3]。 フランスで6年間滞在中は、ジャン・ポール・ボークレーで3年間の下で、残りは憧れのピエール・カルダンの下で修業した。34歳で帰国[4]。 フランスでの修行時代にシャルル・ド・ゴールの軍服の製作に携わったことから、三島由紀夫の依頼により「楯の会」の衣装(制服)を担当。グループサウンズのグループ「ザ・スパイダース」「ザ・テンプターズ」のミリタリールックやNHK紅白歌合戦の出場歌手の3分の1を衣装を担当[5]。 西武百貨店の「ダンディサロン」を4店舗を構え、フランスのファッションショーを7回開催した[5]。 1972年(昭和47年)、TV映画『忍法かげろう斬り』(関西テレビ・東映)における渡哲也・太地喜和子・范文雀らの忍者衣装デザインを担当。 脚注 ↑ 本場フランスでファッションショーを7回開催した、日本を代表するテーラー五十嵐九十九(いがらしつくも)氏ー大叔父は本庄出身で著名な思想家石川三四郎ーについて - 戸谷八商店、2021年3月22日 ↑ 『サライ』(2014年9月号)、小学館 pp. 17 1 2 『サライ』(2014年9月号)、小学館 pp. 16 ↑ 『サライ』(2014年9月号)、小学館 pp. 18 1 2 『サライ』(2014年9月号)、小学館 pp. 19 この項目は、ファッション関係の人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル ファッション)。表示編集 Related Articles