五十嵐明要
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五十嵐明要は1932年に東京都中央区八丁堀で生まれた。高校生のころにはすでにプロとして演奏活動を始め、1940年代後半よりジャズ・グループで活躍した。[2][3]
1950年代からはジャズ界で重要な位置を占める演奏者として認められ、松下彰孝の「メトロ・トーンズ」、沢田駿吾の「ダブル・ビーツ5」、西条孝之介の「ウェスト・ライナーズ 」などのグループで活躍。さらに「シャープス&フラッツ」「ブルーコーツ」「小原重徳とジョイフル・オーケストラ」といった主要なビッグバンドに参加し一貫してコンサートマスターを務めた。
後年には自身のバンドを率いながら、伝統的なスウィング・ジャズ/ジャズ・スタンダードを中心とした演奏スタイルを追求し、国内外の多くのミュージシャンと共演。また、長年にわたりライブ活動やレコーディングを続け、2012年には杉原淳(テナーサックス)と原田忠幸(バリトンサックス)と共に「KKB」(後期高齢者バンド)というグループを結成した。[4]
