五十嵐隆夫

From Wikipedia, the free encyclopedia

五十嵐 隆夫(いがらし たかお、1947年 - )は、講談社漫画編集者。『週刊少年マガジン』の編集長を11年にわたって務めた。

1947年生まれ。1966年3月、埼玉県立浦和商業高等学校を卒業する。 高校卒業直後に、講談社に入社する。1967年、『天才バカボン』の担当編集者として、赤塚不二夫の担当となる。『天才バカボン』では、『イガラシ記者』、あるいは名前をもじって『デガラシ記者』『トウガラシ記者』、『バカラシ記者』で登場することもあった。 1981年から1986年にかけて第3代『月刊少年マガジン』の編集長に就任。 1986年、第6代『週刊少年マガジン』編集長に就任する。在任中には『金田一少年の事件簿』が大ヒットしたほか、『はじめの一歩』などのスポーツ漫画、『疾風伝説 特攻の拓』などのヤンキー漫画でもヒット作が生まれ、1990年代の第2次黄金期へと導いた。1997年、『週刊少年マガジン』の編集長を辞する。 2004年2月、株式会社講談社の常務取締役に就任する。2008年2月、講談社の専務取締役。2011年2月、講談社の顧問に就任[1]。高卒ながら講談社の重役を歴任した。

エピソード

  • 新宿のバー「竹馬」にて、赤塚不二夫あだち勉らと飲酒していた際、五十嵐は一条ゆかりを同所に呼び出し、武居俊樹とともに一条の頭から水割りを浴びせかけるという暴挙に出た。五十嵐はこの際、「(講談社の)マガジンに来たらカットを描かせてやる」「俺はこの人に原稿依頼することはない(だからどう扱っても構わない)」といった、作家の尊厳を著しく踏みにじる暴言を吐いたとされる。現場に居合わせたあだち勉が、五十嵐のあまりの非道な振る舞いを見かねて制止に入ったという[2][3]

テレビ出演

脚注

関連事項

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI