五智院但馬 From Wikipedia, the free encyclopedia 五智院 但馬(ごちいん の たじま、生没年不詳)は、平安時代後期の三井寺の僧侶[1]。 治承4年(1180年)5月、以仁王の挙兵に従軍した[1]。宇治川の戦い(橋合戦)では、刀を振るい、敵の矢を切りながら進み、矢切但馬と呼ばれた(『平家物語』)[2][1]。 脚注 1 2 3 経済雑誌社 1909, p. 790. ↑ 「五智院但馬」『講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus』。https://kotobank.jp/word/%E4%BA%94%E6%99%BA%E9%99%A2%E4%BD%86%E9%A6%AC。コトバンクより2023年11月7日閲覧。 参考文献 経済雑誌社 編『大日本人名辞書』(訂正増補 第六版)経済雑誌社、1909年6月。NDLJP:779856。 外部リンク 『五智院但馬』 - コトバンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles