五月ヶ丘古墳 From Wikipedia, the free encyclopedia 五月ヶ丘古墳(さつきがおかこふん、五月ケ丘古墳)は、大阪府池田市五月丘にある古墳。形状は円墳。池田市指定史跡に指定されている。 別名 五月ケ丘古墳所在地 大阪府池田市五月丘1丁目(五月丘緑地内)位置 北緯34度49分23.90秒 東経135度26分9.85秒形状 円墳概要 五月ヶ丘古墳, 別名 ...五月ヶ丘古墳 石室・陶棺(復元)別名 五月ケ丘古墳所在地 大阪府池田市五月丘1丁目(五月丘緑地内)位置 北緯34度49分23.90秒 東経135度26分9.85秒形状 円墳規模 直径8m埋葬施設 無袖式横穴式石室(内部に陶棺)出土品 須恵器築造時期 7世紀代史跡 池田市指定史跡「五月ヶ丘古墳及び出土遺物」地図 五月ヶ丘古墳テンプレートを表示閉じる 概要 石室俯瞰図 石室展開図 大阪府北部、猪名川東岸の五月山丘陵南麓の尾根上に築造された古墳である[1]。墳丘は大きく削平され、1973・1979年(昭和48・54年)に発掘調査が実施されている[2]。 墳形は円形で、直径約8メートルを測る[1]。埋葬施設は無袖式の横穴式石室で、南方向に開口する。石室全長は3.5メートルを測り、石室内には長さ2メートルの陶棺を据える。築造時期は古墳時代終末期の7世紀代と推定される[3][1]。被葬者は明らかでないが、秦氏一族(中間階層)とする説が挙げられている[3][4]。 古墳域は1980年(昭和55年)に池田市指定史跡に指定されている[5]。 遺跡歴 1955年(昭和30年)、古墳として発見[6]。 1973年(昭和48年)、確認調査(大阪府教育委員会)[2][6]。 1979年(昭和54年)、池田市立歴史民俗資料館建設に伴う再調査、復元整備(池田市教育委員会、1980年に報告)[2][6]。 1980年(昭和55年)3月24日、池田市指定史跡に指定[5]。 出土品 陶棺池田市立歴史民俗資料館展示。 石室内からの出土品は次の通り[1]。 陶棺 1 - 棺身のみ。家形四柱式で、復元長約2メートル。 須恵器 1 - 追葬時の遺物か[6]。 これらの出土品は、現在では池田市立歴史民俗資料館で保管されている。 須恵器 坏身池田市立歴史民俗資料館展示。 文化財 池田市指定文化財 史跡 五月ヶ丘古墳及び出土遺物 - 1980年(昭和55年)3月24日指定[5]。 脚注 [脚注の使い方] [1]古墳時代の猪名川流域 2010. [2]五月ヶ丘古墳 1980. [3]新修池田市史 第1巻 1997. [4]史跡説明板。 [5]大阪府内指定文化財一覧表(大阪府ホームページ、平成30年11月21日更新版)の池田市ファイルより。 [6]日本古墳大辞典 1989. 参考文献 (記事執筆に使用した文献)史跡説明板(池田市教育委員会、2001年設置) 地方自治体発行 『五月ヶ丘古墳』池田市教育委員会〈池田市文化財調査報告第3輯〉、1980年。 - リンクは奈良文化財研究所「全国文化財総覧」。 『新修池田市史』 第1巻(地理・考古・古代・中世編)、池田市、1997年。 『古墳時代の猪名川流域 -猪名川流域に投影された畿内政権の動静-』池田市立歴史民俗資料館〈池田市立歴史民俗資料館平成22年度特別展〉、2010年。 事典類 高島徹「五月ケ丘古墳」『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607。 関連文献 (記事執筆に使用していない関連文献)『池田市史』 史料編 第1(原始・古代・中世)、池田市、1967年。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、五月ヶ丘古墳に関するカテゴリがあります。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks