井上眞一 (バスケットボール)

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井上眞一監督、2013年1月2日

井上 眞一(いのうえ しんいち、1946年10月5日 - 2024年12月31日)は、愛知県名古屋市千種区出身のバスケットボール指導者[1]桜花学園高等学校バスケットボール部監督。

名古屋市立振甫中学校愛知県立中村高等学校から早稲田大学に進みバスケットボール部に所属するも、いじめに近いしごきを受け、1カ月も経たずに退部。その後は同好会を作ってバスケットボールを続ける[2][3]

卒業後は医療機器メーカーに就職するも3ヶ月で退職、1971年の8月に教員採用試験を受け翌9月から名古屋市の中学校教員になる。当初は男子の指導をしていた。この間、全日本教員バスケットボール選手権大会に出場し優勝している[2][4]

名古屋市立楠中学校を経て名古屋市立守山中学校に異動、同校女子バスケットボール部で1980年より全中8連覇のうち6連覇まで導いた[2]

1986年、当時既に全国大会で上位に進出していた名古屋短期大学付属高校(現:桜花学園高校)の監督にプロコーチとして就任。1年目でインターハイ初優勝となり、以来インターハイ25回、ウインターカップ24回、国体22回の計71回の優勝を決めている[5]

また、1988年から2001年までは、全日本ジュニア(現U-18)のヘッドコーチとして国際大会でも指揮を執っていた[2]

2022年のインターハイは体調不良のため長門明日香アシスタントコーチが代行として指揮を執り[6]、ウインターカップでもアシスタントコーチに回った[7]

2023年、日本バスケットボール殿堂に表彰される[8]

2024年12月31日、名古屋市内で死去した。78歳没[9]

2025年6月29日、名古屋市中区のホテルでお別れの会が開催された[1]

著書

脚注

関連項目

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