毛利家家臣の井原元師の子として生まれ、毛利元就に仕える。
永正8年(1511年)10月30日、毛利家へ忠節を誓い、京関東御役の際に段銭を納めることを誓約する。
元就による安芸井上氏粛清の直後の天文19年(1550年)7月20日付で、毛利家臣団が元就の上意に従う旨を誓約した起請文に、元造も36番目に署名している。
天文21年(1552年)、備後国へ出陣して戦功を挙げ、元就・隆元父子に賞される。
弘治元年(1555年)から弘治3年(1557年)にかけて行われた防長経略では元就らに従軍せず、石見井原城[注釈 2]の在番や、吉田郡山城に集められた人質の番を務めた。
没年は不明。嫡男の元良が跡を継いだ。