尾形月耕の門人で本名は宗市。耕宗と号す。鳥取県勝谷村今市(現在の鳥取市鹿野町今市)に井江藤三郎の子として生まれる。明治36年(1903年)、14歳のときに上京し月耕の内弟子となり、美人画や人物画を学んだ。月耕から風景、花木、鳥獣の写生をするよう勧められ、西日本各地を回る。昭和2年(1927年)から昭和5年にかけては朝鮮京城(現ソウル)に滞在し画家としての生活を送った。その後東京に帰ったが、再び朝鮮や中国、九州、鹿野など各地を漫遊しながら絵を描く。昭和30年(1955年)ごろ鹿野町に滞在し、絵筆を振るったのが画家生活の終わりであったといわれる。晩年は竹細工を楽しんだ。享年77。