京仁アラベッキル
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概要
名称の由来
事業の経緯
京仁運河建設計画は、1987年の大統領選挙で当時の与党である民主正義党の盧泰愚候補(当選)が選挙公約として掲げていた。
1995年より、民間企業体が建設計画を進めていたが、環境保護団体の反対により2003年に頓挫した。その後、2008年に韓国水資源公社が公共事業として進めることを決定し、翌2009年より建設に着手。実施に当たっては、民間事業体が計画していた規模を縮小、運河幅を100mから80mへ、水深を6.3mと変更し、総事業費を2兆2500億ウォンに押さえ込んでいる。
2008年に直面した経済危機の中で実施される大土木事業であることから、韓国版のニューディール計画として、雇用創出や波及する経済効果について期待される一方、2003年に頓挫した前計画と同様に自然破壊の危惧は解消されないとして、野党や自然保護団体からは中止を求める意見が出された。また韓国開発研究院(KDI)が2008年12月に提出した京仁運河事業の経済性と妥当性を認める報告書についても、2009年11月に運河の事業主体である水資源公社が韓国海洋水産開発院(KMI)に発注して作成した報告書でKDI報告書の物流予測量は過大に水増しされていることを指摘されるなど、事業による経済効果辞退についても疑問が出された[3]。