戦後陸軍は解体されることになったが、治安維持などの理由で師管区部隊はしばらくそのまま置かれた。部隊には相当数の朝鮮人が属しており、彼らはまず砲兵補充隊に集められ、8月27日に博多に輸送、さらにそこから船で朝鮮に送還された[4]。砲兵・工兵・輜重兵の補充隊は9月7日に復員(解散)した[2]。歩兵補充隊は11月1日に一斉に復員した。
最終的な解散は、11月30日付になされた。京都第一陸軍病院は11月30日に厚生省に移管して国立京都病院になった。現在の国立病院機構京都医療センターである[2]。師管区司令部も同じ日に復員したが、一部の人員は第一復員省の職員となり、引き続き復員関連の業務にあたった。