今井白楊
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本名は国三。別号に夏明、太原、冬夜。鹿児島県薩摩郡隈之城村大字東手の向田(現在の鹿児島県薩摩川内市)の焼酎製造業の家に生まれた[1]。
川内中学校(現在の鹿児島県立川内高等学校)で岩谷莫哀と同窓となり、早稲田大学英文科に進学[1]。1909年、自由詩社に参加。機関紙「自然と印象」に詩を発表するほか、河井醉茗主宰の「詩人」(詩草社)などにも作品を寄せている。
1911年、『闇と脚光』で第5回雑誌『太陽』懸賞脚本に当選(賞金100万円)[2]。
1914年、「失楽園物語」[3]を執筆。
1917年、千葉県犬吠埼で遊泳中に親友三富朽葉とともに溺死[4]。そのために単行本になった詩集はない。犬吠埼灯台下に朽葉の父三富道臣が建立した涙痕の碑がある[4]。