今市子
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小学生のころから絵を描いており、姉の影響で高校生の頃から漫画を描き始める[1]。萩尾望都『ポーの一族』にはまり、大島弓子、文月今日子などの少女漫画のファンだった[1]。大学時代には、東京女子大学漫画研究会の会誌「やっはるーっ」の8期生として活動し、デビュー前後には「ななつのこ合唱団」というサークルで同人活動をしていた。また、この頃発表した作品が商業誌作品の原型であるというものも少なくない。大学時代に漫画家の友人のところに来ていた編集者が同人誌を見て声をかけ、雑誌に掲載されたことがある[1]。その結果はあまり芳しくなく、アシスタントと同人活動を続け[1]、森川久美・山岸凉子・宮脇明子・ささやななえらのアシスタントを務めた。11年くらい後、1993年に『コミックイマージュ』vol.6(白夜書房)に掲載の『マイ・ビューティフル・グリーンパレス』で公式にデビュー[1]。コミティアのイベントに来ていた『ネムキ』(朝日ソノラマ)の編集者が同人誌を見て、その縁で『ネムキ』で描くようになる[1]。和風ホラーの読み切り『精進おとしの客』が編集に好評で、それを膨らませて『百鬼夜行抄』の連載が始まる[1]。(これ以前にホラーに興味はなく、ホラーらしいホラーを描いたこともなかった[1])
代表作に『百鬼夜行抄』、『あしながおじさん達の行方』、『楽園まであともうちょっと』などがある。ホラー、ボーイズラブ、ファンタジー、エッセイ漫画など多彩なジャンルを手がける。また、著書の『文鳥様と私』などからも分かるように、多数の文鳥と暮らす愛鳥家でもある。
なお、ペンネームの「今市子」というのは、「イマイチ」に子をつけたもので、友人と冗談で話しているうちに決まったものということである(ちなみに「市子」には「巫女・神子」の意味もある)。