今沢慈海
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熱心な仏教徒だった母の意向で、西条市にある臨済宗の名刹保国寺の養子となり[2]、同寺を継ぐべく育てられる。西条中学校(現 愛媛県立西条高等学校)卒業後[2]、第五高等学校を経て[2]、1907年に東京帝国大学哲学科倫理学科を卒業。1908年7月同大学大学院修了[2]。
1913年東京市立日比谷図書館の職員となり[2]、1914年には31歳で館長に抜擢され[2]、日本図書館協会副会長に就任する[2]。また、1921年から20年にわたって図書館員教習所講師を務めた[2]。この間、日本図書館協会会長を務め[2]、1923年には同協会専務理事となる[2]。1929年以後は東京市における市立図書館の総責任者となった。
1934年、成田山新勝寺貫主荒木照定の懇願を受けて、成田中学校校長に就任[2]。1940年に校長職を辞し、1948年から成田山教育・文化・福祉財団理事長兼成田図書館館長を務めた[2]。
首都東京の図書館長として公共図書館の普及に尽力するとともに、図書館学や仏教研究にもあたり、『梵文典』や『図書館経営の理論及実際』などの著書を著している。