今泉七五郎
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名古屋市の鍋屋町警察分署の巡査として勤務していたとされる[1]。
東山動植物園の「東山動物園の起源」によると、1890年(明治23年)に動物商となっていた今泉は名古屋市中区前津町に「今泉動物園」を開設した[2]。その後、1906年(明治39年)3月1日に大須万松寺通りの善篤寺の隣に移設して名称を「浪越教育動植物苑」としたという[2]。
一方、名古屋市図書館の「名古屋の偉人伝」によると、今泉は自らが収集していた動植物を整理し、1890年(明治23年)に前津に浪越教育動植物苑を開いたとする[1]。その後、1910年(明治43年)10月、一部の動物を移して今泉動物園を開園させたという[1]。
しかし、今泉は私営の限界を感じて名古屋市への寄付を申し出[1]、鶴舞公園についても動物園開設の要望があったことから、今泉の施設を市営とすることを名古屋市会が満場一致で可決した[1][2]。今泉から寄付された時期について、東山動植物園の「東山動物園の起源」では1917年(大正6年)2月としている[2]。
そして1918年(大正7年)4月1日に鶴舞公園付属動物園が開園し[3]、寄付された動物は同園に収容された[4]。
1918年4月1日の動物園創設とともに名古屋市鶴舞公園技手に任命され(市公報第137号)、動物の引っ越しでも陣頭指揮をとった[1]。創設時には動物園長の役職は無かったが、初代東山動物園長を務めた北王英一が1937年(昭和12年)5月の座談会において七五郎を園長と呼んでいることなどから、関係者の間では事実上の園長とみなされていたとされる[1]。白髭を蓄え、市のイベントの際にはラクダに乗り、普段からロバに乗って行動するなど、周囲には奇人として知られていたという[5]。
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “名古屋の偉人伝 No.17 今泉七五郎(いまいずみしちごろう)の巻”. 名古屋市図書館. 2025年11月22日閲覧。
- 1 2 3 4 “東山動植物園の歴史 東山動物園の起源”. 名古屋市東山動植物園. 2025年11月22日閲覧。
- ↑ “東山動植物園の歴史 鶴舞時代”. 名古屋市東山動植物園. 2025年11月22日閲覧。
- ↑ 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 2010, p. 422.
- ↑ 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 422.
参考文献
- 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日、422頁。ISBN 4-04-002230-0。
- 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 編『名古屋の公園 100年のあゆみ』2010年。
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